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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)11号 判決

東京都港区芝浦一丁目2番3号

原告

清水建設株式会社

代表者代表取締役

今村治輔

訴訟代理人弁理士

志賀正武

渡辺隆

訴訟復代理人弁理士

小林義教

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

鈴木由紀夫

熊田武司

井上元廣

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第18724号事件について、平成3年11月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年7月3日、名称を「建物の構造」とする発明につき特許出願をした(昭和59年特許願第136531号)が、平成元年9月19日に拒絶査定を受けたので、平成元年11月20日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成1年審判第18724号事件として審理したうえ、平成3年11月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月25日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

「均等スパンからなりかつ平面形状がV字形である建物であって、

V字形を構成する2辺に対応する住棟部が互いに直交しかつ各住棟部の外側が部屋側となっており、住棟部の直交する出隅部の角度を2等分する住棟軸が南北方向と一致してなる

ことを特徴とする建物の構造。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、「建築学便覧Ⅰ 計画 第370~373頁 昭和55年2月25日 丸善株式会社発行」(以下「引用例」といい、その発明を「引用例発明」という。)に記載された「平面形状がL形である建物であって、L形を構成する2辺に対応する住棟部が互いに直交する建物の構造」(審決書3頁5~7行)との発明及び従来より普通に行われている技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載事項、本願発明と引用例発明との一致点・相違点の各認定、相違点〈2〉の判断については認める。

審決は、相違点〈1〉、〈3〉についての判断を誤り(取消事由1、2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点〈1〉についての判断の誤り)

審決は、引用例発明においては住棟部のスパンについて特に記載されていないとの本願発明との相違点〈1〉につき、「集合住宅等を均等スパンにより建設することは、従来より普通に行われている技術手段であり、当業技術者であればこの技術をV字形建物の住棟部に用いることにより本願発明と同じ構造とすることに格別困難性は認められない。」(審決書4頁16~20行)と認定判断したが、誤りである。

(1)  均等スパンが、力学的観点からみて構造的に合理的であるとされてきたことは事実であるが、集合住宅等においてスパンをどのようにとるかの決定は、力学的な構造上の要請のみによってなされるわけではなく、それ以外の要請、特に、各室のレイアウト等の要請によるところが大きい。

すなわち、集合住宅においては、日照を考慮して外側に居室を配し、中間部分に浴室、台所等の水場部を配する構造が広く一般に見受けられ、この場合、通常居室側の面積が水場側の面積より大きくなるために、建物の幅方向のスパンを均等にとろうとすると、居室内の天井を強度部材が横断することになって外観上好ましくないので、従来の集合住宅では、不均等スパンをとり、居室と水場部との境に柱を配することによって外観上の要請を満たすのが一般的である。

さらに、本願発明が対象としていないオフィスビル等の一般建物においても、通常、部屋の部分については外観上スパンを広くとる要請があり、これに伴って部屋に隣接する部分については、建物全体としての強度上の要請から、スパンの広い部屋部分における強度を補完するため、スパンを短くとるようにするのが一般的である。

このように、従来、集合住宅においてのみならず、建物一般においても、そもそも均等スパンのものはむしろまれであって、不均等スパンによって建築するのが、通常行われている技術手段なのである。

(2)  仮に、均等スパンを住棟に適用することが従来から普通に行われている技術手段であったとしても、そのことから直ちに、それを特にV字型住棟に適用することに想到することが容易であったことになるわけではない。

本願発明の発明者らは、V字型の住棟と均等スパンとを組み合わせた構成を採用することにより、構造的に合理的であるという当業者に予測できる均等スパンの効果を超えた、「住戸プランのバリエイシヨンが拡大し、多様な要求に対応できる間取りを確保できる」(甲第3号証明細書6頁17~18行、7頁7~8行)という効果が得られるとの新たな知見を得、この知見に基づいて本願発明を完成したものであり、このような構成の採用は、当業者によっても容易に想到できるものではない。

(3)  被告が審決の上記認定判断の根拠になるとして挙げる〈1〉~〈7〉の文献に被告主張の記載があることは認めるが、このうち、〈1〉、〈2〉は建築構造物一般における、〈3〉、〈4〉はオフィスビルや学校における、均等スパンについて述べたものであって、そもそも本願発明の対象とする住棟について触れるものではない。〈5〉~〈7〉には、住棟に均等スパンを適用することが記載されているものの(ただし、〈7〉については、図面における柱の配置の記載が明瞭さに欠けるため、建物全体にわたって柱が均等スパンに配置されているか否か判然としない。)、それらには、本願発明の均等スパンをV字型の住棟に適用することについては、何らの記載も、これを示唆する事項もない。

(4)  以上のとおりであるから、上記審決の判断は、その前提となる事実の認定が既に誤りであり、また、この認定が正しいとしても、上記技術手段をV字型住棟に適用した構成とすることは当業者の容易になしうることでなかったのであるから、いずれにせよ、誤りである。

2  同2(相違点〈3〉についての判断の誤り)

審決は、引用例発明においては住棟部の方位について特に記載されていないという本願発明との相違点〈3〉につき、「本願発明は、平面形状がV字形である建物を、方位を考慮し敷地に対しどのように配置したか、つまり敷地に対する配置計画に関する事項であり建物の構造に関する構成事項とは認められない。また、建物を建設する際、住棟部における居室側を日照等を考慮してできる限り南面に向くように敷地に配置することは当業技術者における常套手段であり、本願発明のように平面形状がV字形である建物の場合、部屋側の日照等を考慮すれば住棟軸を南北方向と一致させることは当業技術者の常識をもって普通になし得る程度のことである。」(審決書5頁13~19行)と認定判断したが、誤りである。

(1)  審決の上記前半部分が誤りであることは、被告も認めている。

後半部分の「建物を建設する際、住棟部における居室側を日照等を考慮してできる限り南面に向くように敷地に配置することは当業技術者における常套手段であり」とする点は、審決認定のとおりであるが、ここにいう常套手段とは、あくまで、住棟の居室側を面としてとらえ、その面が南面を向くように配置することをいうのであるから、この手段によって2辺が直交するV字型の建物を建築するとすれば、その1辺の居室側の面を南面に向け、他の1辺を東面に向けるように配置することになるはずである。

ところが、本願発明においては、住棟を面でとらえることをやめ、代わりに、住棟部の直交する出隅部の角度を2等分する住棟軸という概念を創出し、この住棟軸を南北方向と一致させることにして、住棟を面ではなくて軸という概念でとらえている。

建物にこのような住棟軸という概念を設定すること自体、そもそも公知ではないのであるから、この住棟軸を南北方向と一致させる技術手段に至っては、これをもって、当業者が容易になしうるということができないことは明らかである。

(2)  被告が審決の上記認定判断の根拠になるとして挙げる〈8〉~〈10〉の文献は、要するに、建物にとって日照が重要な要素であって、日照を確保するためには、日照を確保したい部屋を南側に向け(〈8〉)、あるいは、建物の開口部(窓)を南面に向ける(〈9〉及び〈10〉)ことが周知であったことを示しているにすぎない。

これらは、本願明細書において従来技術とされているL型建物や雁行型の建物においても既に採り入れられている範囲を出るものではないという以外になく、そこには、複数の居室がある住棟において、「各居室ができる限り等しく日照等の恩恵に浴するよう考慮すること」自体が記載されていないのみならず、そのことを示唆する記載もない。

これらの文献を根拠とする被告の主張は失当である。

3  本願発明は、その要旨に規定した構成により、建物の南北比率を高めることができて、建物の外側に面するすべての部屋について長時間の日照を確保することができ、プライバシーが損なわれることがなく、住戸プランのバリエーションが拡大し、多様な要求に対応する間取りを確保することができるという顕著な効果を奏しうる発明なのであるから、審決が上記相違点〈1〉、〈2〉についての判断を誤り、本願発明の進歩性を否定するに至ったことは違法であり、取り消されなければならない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  均等スパンが力学的観点からみて構造的に合理的であることは、原告も認めるとおりであり、集合住宅等を均等スパンにより建設することが、従来より普通に行われている技術手段であることは、以下の文献から明らかである。

〈1〉 「建築学ポケットブック」(昭和53年8月30日発行、乙第1号証)

「鉄筋コンクリート造」の章に、「できるだけ等スパン、等階高が構造的に合理的であり経済的である、」(同号証1-184頁)、「構造計画の項で述べたとおり、柱の間隔は5m前後の均等割とし、縦横とも規則正しく配置することが構造的にも、経済的にも合理的である.」(同1-188頁)と記載されている。

〈2〉 「建築構造学5 鉄骨構造」(昭和50年2月15日発行、乙第2号証)

「骨組設計」の章に、「広く用いられている縦横とも6ないし8m程度の均等なスパンの柱割りとしたいわゆる均等ラーメンは特に水平力に対し力が集中せず無理のない構造である。」(同号証170頁)と記載されている。

〈3〉 「超高層建築2 構造編」(昭和48年1月20日発行、乙第3号証)

「耐震解析」の章に、「この建物は地上20階(塔屋1階)、地下3階のオフィスビルである。地上高さは65.25m、その基準階は短辺方向が22.5m、長辺方向が37.5mで、面積801m2であり、各方向のスパン長は7.50mで等しくそれぞれ3スパン、5スパンで構成されている。」と記載され、この建物の基準階平面図(図-2.5)が示されている(同号証54頁)。

〈4〉 「鋼構造デザイン資料集成-階層建築の実例と詳細」(昭和53年2月20日発行、乙第4号証)

「鋼構造階層建築の実例」として、スイスの高等工学校が紹介され、「全棟とも同じ架構形式である。鉄筋コンンクリートの地下階の上に鋼管柱が8.80×8.80mのスパン間で立っている。」と記載され、この建物の基準階が図示されている(同号証90頁)。

〈5〉 「建築学ポケットブック」(昭和53年8月30日発行、乙第5号証)

「共同住宅」の章に、「やや高級な社宅」の例として、「均等ラーメン、アクセスに特色がある」建物の平面図が示されている(同号証7-43頁、第7・146図)。

〈6〉 「建築計画」(1975年10月30日発行、乙第6号証)

広島基町・長寿園の高層住宅(大高建築設計事務所設計)が紹介され(図5.20)、柱の間隔を9900と数値表示された均等割りとし、柱を縦横とも規則正しく配置した建物の平面図が示されている(同号証149頁)。

〈7〉 「e+p 28 中層集合住宅」(昭和54年12月10日発行、乙第7号証)

ミュンスターのエギディマルクト(西ドイツ)が紹介され、「駐車場を前提とした柱割り8.20×8.20mの鉄筋コンクリート造」、「市の中心部にサービス施設と住戸が併設された6階建てのパーキングビルを建てる計画で、住戸は各階に設けられる.」と記載され、柱の間隔を均等割りとし、柱を縦横とも規則正しく配置した建物の1階平面図及び2階平面図が示されている(同号証128頁)。

(2)  原告は、本願発明が上記技術をV字型建物の住棟部に適用することの困難性を強調するが、この技術をV字型建物の住棟部に適用することに格別の困難性はない。

2  同2について

(1)  相違点〈3〉についての審決の認定のうち、「本願発明は、平面形状がV字形である建物を、方位を考慮し敷地に対しどのように配置したか、つまり敷地に対する配置計画に関する事項であり建物の構造に関する構成事項とは認められない。」(審決書5頁9~12行)との部分が誤りであることは認める。

しかし、相違点〈3〉についての審決のその余の認定判断は正当であり、これのみで同相違点についての審決の結論が得られることは明らかであるから、上記誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものではない。

(2)  「建物を建設する際、住棟部における居室側を日照等を考慮してできる限り南面に向くように敷地に配置することは当業技術者における常套手段であり、」との審決認定を、住棟部における居室が複数存在する場合に則して正確に表現すれば、「建物を建設する際、住棟部における各居室ができる限り等しく日照等の恩恵に浴するよう考慮して南面を向くように敷地に配置することは当業技術者における常套手段であり、」となる。

建物と日照との関係について、〈8〉「都市の中の日照」(昭和47年1月20日発行、乙第8号証)、〈9〉「第2版 建築学便覧Ⅰ 計画」(昭和55年2月25日発行、乙第9号証)、〈10〉「朝倉建築工学講座11 建築環境工学Ⅰ-日照・光・音-」(昭和49年9月30日発行、乙第10号証)をみると、日照が問題になるのは、居室に対してであり、日照条件のよいことが、建物を購入、選択あるいは配置するに際し、極めて重要な条件として考慮される事項であり、したがって、建物、特に集合住宅のように住棟部における各居室が各世帯に割り振られているのが普通である建物を建設する際には、住棟部における各居室ができる限り等しく日照の恩恵に浴するように考慮し、そのために、対象となる建物部分あるいは建物箇所をできる限り南に向くように敷地に配置することが、いずれも本願出願前周知であることが認められる。

(3)  そうとすれば、引用例記載の平面形状がV字型(具体的にはL字型)の建物を建築するに当たり、居室側(部屋側)の日照等を考慮して、V字型の1辺に相当する部分を北東・南西向きに、他の1辺を北西・南東向きに配置すること、すなわち、住棟部の直交する出隅部の角度を2等分する住棟軸を南北方向と一致させることは、当業者の常識をもって普通になしうることといわなければならない。

原告は、住棟軸という概念の重要性を強調するが、この概念は、本願発明の構成を表現する一手段として採用されたものであるにすぎず、表現方法が新しいものであることは、何ら発明の実体を変えるものではない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点〈1〉についての判断の誤り)について

均等スパンが、力学的観点からみて構造的に合理的であるとされてきたこと、被告の挙げる〈1〉~〈6〉の文献に被告主張の各記載があることは、当事者間に争いがない。〈7〉の文献(乙第7号証)に、住戸を備えた建物を均等スパンにより建築する技術が記載されていることは、同文献の「柱割り8.20×8.20mの鉄筋コンクリート造」(同号証128頁)との記載に照らして、明らかである。

これら各文献の記載を総合すれば、本願出願前、均等スパンが、集合住宅を含めた建物一般につき、力学的観点からみて構造的に合理的であり、また、経済的でもあるとされ、オフィスビルや学校などのみならず、集合住宅においても、これを採用することは、普通に行われていた技術であると認められる。

原告は、住棟建築における力学上の構造的合理性以外の要請、特にレイアウト上の要請の重要性をいうが、構造的に合理的であり、また、経済的でもある均等スパンの利点を採るか、この利点よりもレイアウト上の要請を重視して不均等スパンを採るか、それとも、均等スパンを採用してその利点を生かしつつ、レイアウト上の要請等をできるだけ満たすことを考えるか等は、正に当業者が選択すべき設計事項というのほかはなく、原告の主張する諸要請自体は、集合住宅において均等スパンの採用を否定する理由にならないことは明らかである。

原告は、また、V字型の住棟と均等スパンとを組み合わせた構成を採用することにより、「住戸プランのバリエイシヨンが拡大し、多様な要求に対応できる間取りを確保できる」(甲第3号証明細書6頁17~18行、7頁7~8行)との新たな知見を得、この知見に基づいて本願発明を完成したと主張し、この均等スパンとV字型建物との組合せの困難性を強調するが、特にV字型建物について、他の型の建物と違い均等スパンを適用することが困難であることの理由については、原告が具体的には何ら主張せず、これを伺わせる資料は、本件全証拠によっても認めることができない。

そうとすれば、相違点〈1〉につき、「集合住宅等を均等スパンにより建設することは、従来より普通に行われている技術手段であり、当業技術者であればこの技術をV字形建物の住棟部に用いることにより本願発明と同じ構造とすることに格別困難性は認められない。」とした審決に、誤りを認めることはできない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点〈3〉についての判断の誤り)について

審決認定の「建物を建設する際、住棟部における居室側を日照等を考慮してできる限り南面に向くように敷地に配置することは当業技術者における常套手段であり」との事実は当事者間に争いがない。また、被告の挙げる〈8〉~〈10〉の文献の示すとおり、建物にとって日照が重要な要素であって、日照を確保するためには、日照を確保したい部屋を南側に向け(〈8〉)、あるいは、建物の開口部(窓)を南面に向ける(〈9〉及び〈10〉)ことが、本願出願前、周知の事柄であったことは、原告も認めるところである。

そして、上記〈8〉の文献(乙第8号証)には、

「日照の健康効果に対する正しい科学的な解明はなおおくれて今世紀にはいってからのことに属するが、すでに19世紀の中ごろには建築や都市に日照をもたらすような計画のくふうが論じられている.

すなわち東西向きと南北向きの道路によって整然とかたちづくられた多くの都市の不健康さが指摘され、碁盤目ならなるべく正しい東西南北でなくて45度ずつふれた向きにして都市はつくられるべきである、などと論じたものがすでに1860年代にみられるのである.東西に走る道路の両側に連続した街並みができるならば、冬半年は路面の大半ならびに南側の家の北向きの壁面には日が当たらない、北東・南西向きと北西・南東向きの街路によってつくられた都市ならば、すべての路面およびすべての家が一年中毎日日を受けることができる.」(同号証15頁7~18行)

との記載があることが認められる。

上記事実によれば、居室に対して日照条件の良いことが建物の良否を判断する重要な要素となるので、建物を建設する際には、住棟部における各居室ができる限り等しく日照の恩恵に浴するように考慮し、そのために、建物の居室部分をできる限り南に向くように敷地に配置すること、直交する2辺で囲まれた街並み、あるいは、建物の全体の日照を考えたとき、2辺の日照を受けるべき面をそれぞれ北東・南西向きと北西・南東向きとするのが有効であることは、いずれも本願出願前周知の事実であったことが認められる。

そうとすれば、平面形状がV字型であって、V字型を構成する2辺に対応する住棟部が互いに直交する建物を建築する場合には、各居室ができるだけ等しく日照の恩恵に浴することができるように、外側を居室側とし、V字型の1辺に相当する部分を北東・南西向きに、他の1辺を北西・南東向きに合わせて配置することは、当業者の常識をもって普通になしうる範囲内のことといわなければならない。

この配置は、本願発明にいう「住棟部の直交する出隅部の直交する角度を2等分する住棟軸が南北方向と一致してなる」ことにほかならない。

原告は、建物に住棟軸という概念を設定すること自体、本願出願前知られておらず、また、容易にできることでない旨を主張する。

しかし、前掲〈8〉の文献(乙第8号証)には、「今世紀の初頭には建物の日当たりや日影の範囲を求める解法の研究もすでに一応の完成(・・・)をみせていた.そうして単独の家についても“スイス山岳地方の古い民家”(図1・3参照)のように45度向きに建てる建て方が推奨され、前記の街路についても街路内の日照の範囲などがかなり十分な時間的な検討まで施されて論じられるようになっていた、」(同号証15頁23行~16頁2行)と記載され、この「図1・3」として、リビングルームの直交する窓面の1辺が北東・南西向きに、他の1辺が北西・南東向きに配置されている略正方形の住宅の平面図が示され、これにつき、「スイスの山岳地方の民家では図のように正方形プランの対角線を南北にとる方位のとり方が普通であった.図のAはリビングルームで、日照のめぐみを最大限に受けているという.」と注釈されていることに照らすと、住棟軸という言葉はともかく、日照の恩恵を最大限に受けるために、建物の出隅部の直交する角度を2等分する線を南北方向と一致させる考えは、既に存在していたことは明らかといわなければならない。

すなわち、住棟軸という概念自体が知られておらず、その設定は容易でなかったとしても、この概念は、本願発明の構成を表現する手段として採用されたものであるにすぎず、表現方法が新しいものであることは、表現されたものが新しいものであることを意味せず、何ら発明の実体を変えるものではないから、上記原告の主張は失当である。

その他原告の主張するところは、いずれも上記判断を覆すに足りる理由を述べるものとは認められず、上記判断の妨げとなる資料は、本件全証拠を検討しても見いだすことができない。

審決の相違点〈3〉についての認定のうちの被告も誤りであることを認める部分は、審決の相違点〈3〉についての判断自体に影響を与えるものとは認められないから、その「本願発明のように平面形状がV字形である建物の場合、部屋側の日照等を考慮すれば住棟軸を南北方向と一致させることは当業技術者の常識をもって普通になし得る程度のことである。」(審決書5頁16~19行)との判断は、結局のところ正当というべきである。

原告主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成1年審判第18724号

審決

東京都中央区京橋二丁目16番1号

請求人 清水建設 株式会社

東京都中央区京橋2丁目7番19号 守随ビル

代理人弁理士 松田三夫

東京都墨田区太平四丁目1番1号 株式会社精工舎内

代理人弁理士 松田和子

東京都中央区京橋2丁目7番19号 守随ビル 富士事務所内

代理人弁理士 小平進

昭和59年特許願第136531号「建物の構造」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年1月25日出願公開、特開昭61-17674)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

Ⅰ. 手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和59年7月3日の出願であって、その発明の要旨は、平成1年7月21日付け、平成1年12月11日付け、平成3年6月26日付け、平成3年6月27日付け手続補正書により補正された明細書および出願当初の図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの次に示す「建物の構造」にあるものと認める。

均等スパンからなりかつ平面形状がV字形である建物であって、

V字形を構成する2辺に対応する住棟部が互いに直交しかつ各住棟部の外側が部屋側となっており、住棟部の直交する出隅部の角度を2等分する住棟軸が南北方向と一致してなる

ことを特徴とする建物の構造。

Ⅱ. 引用刊行物記載の発明

これに対して、当審の拒絶の理由に引用された本願出願前日本国内において頒布された刊行物である「建築学便覧1 計画 第370~373頁 昭和55年2月25日 丸善株式会社発行」(以下「引用例」という)には、図16.12住棟平面形状、特に(c)L型を参酌すれば、次の発明が記載されている.

平面形状がL形である建物であって、L形を構成する2辺に対応する住棟部が互いに直交する建物の構造.

Ⅲ. 対比

本願発明と前記引用例に記載された発明とを対比すると、引用例における「L形」は、対応する住棟部が互いに直交する建物の構造からみて本願発明における「V形」に相当するものであり、両者の一致する点、相違する点は次のとおりである。

一致点

平面形状がV字形である建物であって、V字形を構成する2辺に対応する住棟部が互いに直交してなる建物の構造。

相違点

〈1〉本願発明は、V字形建物の住棟部が、均等スパンから構成されているものであるのに対し、引用例記載の発明においては、住棟部のスパンについて特に記載されていない。

〈2〉本願発明は、V字形建物の住棟部が、外側を部屋側としたものであるのに対し、引用例記載の発明においては、住棟部のレイアウトについて特に記載されていない.

〈3〉本願発明は、住棟部が直交する出隅部の角度を2等分する住棟軸は、南北方向と一致してなるものであるのに対し、引用例記載の発明においては、住棟部の方位について特に記載されていない。

Ⅳ. 当審の判断

前記相違点〈1〉~〈3〉について検討する.

相違点〈1〉について

集合住宅等を均等スパンにより建設することは、従来より普通に行われている技術手段であり、当業技術者であればこの技術をV字形建物の住棟部に用いることにより本願発明と同じ構造とすることに格別困難性は認められない。

相違点〈2〉について

集合住宅等において、日照等を考慮して外側を部屋側にすることは従来より普通に行われている技術手段であり、当業技術者であればこの技術をV字形建物の住棟部に用いることにより本願発明と同じ構造とすることに格別困難性は認められない.

相違点〈3〉について

本願発明は、平面形状がV宇形である建物を、方位を考慮し敷地に対しどのように配置したか、つまり敷地に対する配置計画に関する事項であり建物の構造に関する構成事項とは認められない.また、建物を建設する際、住棟部における居室側を日照等を考慮してできる限り南面に向くように敷地に配置することは当業技術者における常套手段であり、本願発明のように平面形状がV字形である建物の場合、部屋側の日照等を考慮すれば住棟軸を南北方向と一致させることは当業技術者の常識をもって普通になし得る程度のことである.

そして、本願発明の要旨とする事項から期待できる本願明細書に記載の作用効果は、引用例に記載された発明、および従来より普通に行われている技術から期待でき、または予測できる程度のものである.

Ⅵ. むすび

したがって、本願発明は、引用例に記載された発明、および従来より普通に行われている技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年11月21日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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